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リモート会議中の内職を分析した論文を読んでみた

こんにちは。Xイノベーション本部ソフトウェアデザインセンターの陳です。

Xイノベーション本部では、有志メンバーで論文輪読会を実施しています。
(詳細はこちらの記事をご参照ください)
本記事では私が担当した論文を簡単にまとめます。

今回紹介した論文

私が担当した論文輪読会では以下の論文を紹介しました。

こちらの論文は、スタンフォード大学の学生がMicrosoft社との共同研究で執筆し、CHI2021国際カンファレンスで特別賞を受賞した論文です。
タイトルを日本語に翻訳すると、「リモート会議中のマルチタスク行動に関する大規模分析」になります。
マルチタスクとは、複数のタスク・活動を同時並行または短期間で切り替えながら、同時進行で行うことを指します。つまり内職の話ですね。
新型コロナウイルスの影響でテレワークが一般的な働き方になり、テレワークした経験のある方なら誰でも内職したことがあると思いますが、この論文のタイトルを読むととても興味深く感じました。

研究の概要

この研究ではMicrosoftから収集した社員のデータに基づいて分析を行いました。 リモート会議の規模、長さ、時間、タイプなどの要因とマルチタスクとの関係性およびマルチタスクによるポジティブとネガティブな効果を明らかにしました。

作者はリサーチクエスチョンを4つ挙げました。

研究手法

この研究では主に2つの研究手法が使われました。

  • 2020年2月-5月のMicrosoft米国社の従業員データを使った大規模テレメトリーデータの回帰分析
    • テレメトリーデータとはソフトウェアやアプリケーションが収集するユーザーの利用状況データのことを指す
    • 回帰分析は、因果関係を関数の形で明らかにする統計的手法
  • Microsoftグローバル社員715人を対象としたダイアリー・スタディ(2020年4月中旬-8月中旬)
    • ダイアリー・スタディは参加者に調査中の活動や経験を一定期間にわたり記録させる研究方法

大規模テレメトリーデータの回帰分析では、社員のMicrosoft Teams、Outlook、OneDriveとSharePointに関するメタデータを収集しました。しかし、プライバシー保護のため、個人情報やすべての行動の詳細なデータを収集できませんでした。また、マルチタスクを行う心理やその影響を分析するには定量分析だけだと不十分のため、この論文ではダイアリー・スタディを実施することで定量分析の結果を補完しました。

研究結果

リモート会議で行われたマルチタスクはどれくらいありますか?

データを分析すると、30%前後のリモート会議でメールのマルチタスクが行われ、25%前後のリモート会議でファイル編集のマルチタスクが行われていました。

図1. 2020年2月-5月における1日中のメール、ファイル編集、リモート会議の頻度の変化を示すグラフ

多くのマルチタスクは仕事リズムの変化によるものの可能性があります。
出社が多い時期のデータをリモートワークが定着後のデータと比較すると、メールやファイル編集のタスクの量が変わらない一方、リモート会議のタスクが大幅に増加しました。マルチタスクは働き方の変化によるものの可能性を示しました。
また、ビデオオフや音声オフの場合はより多くのマルチタスクが発生することも明らかになりました。

リモート会議でのマルチタスクに関連する要因はなんですか?

内部要因として、以下の4点が挙げられました。

  • 人数の多い会議
  • 長時間会議
  • 朝の会議
  • 定例や事前に予定されている会議(エンゲージメントが低い会議)

この4つの特徴を持つリモート会議は他のリモート会議よりマルチタスクの頻度が高いです。

図2. リモート会議中、メールのマルチタスクの比率を示すグラフ

外部要因として、ダイアリー・スタディでは以下の3点が挙げられました。

  • 他の仕事に追いつくため
    • 会議が多すぎて、仕事が終わらない
  • 他のことに気を散らしたため
    • Teamsの通知で気を散らしたなど
  • 不安を和らげるため

リモート会議でどんなマルチタスクが行われましたか?

社員に対するダイアリー・スタディによると、仕事に関連するマルチタスクが多かったです。参加者の29%は「メールのマルチタスク」と回答しました。「実行時間が長いスクリプトの確認」や「テスト実行」の回答もありました。一方、リモート会議でのファイルの編集については、会議に関連する場合がほとんどです。
仕事以外のマルチタスクに関しては、SNSや、食事、家事、エクササイズと回答した人もいました。

リモート会議でのマルチタスクはどんな影響をもたらしますか?

ポジティブな影響に関しては、ダイアリー・スタディの参加者の15%は「生産性の向上につながった」と回答しました。社員は集中力が必要でない重要度の低い会議ではマルチタスクする傾向があります。 重要度の低い会議で、別の仕事をすることで生産性が向上したでしょう。
一方、ネガティブな影響もありました。36%の参加者は「集中力やエンゲージメントの低下」と回答しました。他にも「精神的疲労につながる」、「発言者に失礼」のような回答がありました。

研究からの提案

作者は研究の結果からリモート会議に対して以下の5つのガイドラインを提案しました。

  • 重要な会議は朝を避ける
  • 必要ではない会議を減らす
  • 会議を短くして、休憩時間を入れる
  • 参加者の一部を積極的に会議に貢献させる
  • ポジティブなマルチタスクの存在を許与する

また、リモート会議システムのデザインに対しても以下の提案をしました。

  • 会議中に、無関連のポップアップをブロックする“集中モード”を選択できるようにする
  • 会議と同じ画面で議事録やファイルの編集ができるようにする
  • 会議に対して重要度のランク付けができるようにし、カレンダーに表示させる
  • 会議のアジェンダから注意が必要な部分を表記しあらかじめ参加者に表示する

読んでみた感想

「大人数の会議や長時間会議、聞くだけの会議では内職しやすい」、「内職で生産性を上げた人もいれば気をそらしたからネガティブな効果を感じた人もいる」など確かにと思うような結論が多かったですね。 しかし、経験者が当たり前のように思うことを大量なデータを使って検証できたことはこの論文の貢献だと思います。
また「マルチタスクは社員の幸福度や生産性につながる」など、内職という課題の重要性を示し、ポジティブな効果をもたらす内職を許容すると提唱するのもこの論文の素晴らしいところですね。無駄な会議を減らし、会議の質を上げるのはテレワーク時代の課題だと考えられます。
この研究は新型コロナウイルスが大流行になった直後(つまり、出社からテレワークの働き方に切り替えた直後)、またMicrosoft社だけのデータを利用したところが限界として挙げられます。テレワークが定着した現在、またはIT業界以外の会社のデータを使ったら、結果はどう変わるかが気になります。

まとめ

本記事では、論文輪読会で私が担当した論文を紹介しました。
論文輪読会で、普段やっている仕事と全く違う分野の技術をみんなで議論することができました。
また、興味がある学会やカンファレンスの論文を調べることで、最新の研究動向や研究手法についても多く学びました。
皆さんもぜひ学術論文を読んでみてください。


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執筆:@chen.xinying、レビュー:@yamashita.tsuyoshiShodoで執筆されました